旧逓信総合博物館とその周辺

もうすぐ全日展ですが、以前の会場だった旧逓信総合博物館の跡地は、大手町プレイスタワーという高層ビルに様変わり。
あの土地は、他の多くの丸ノ内のビル群と同じで、時代とともに大きく変わってきました。

下の地図は明治16年測図、すなわち新小判切手の1、2、5銭が発行された頃の旧逓信総合博物館周辺の五千分の一の地図をベースに使っています。

赤い四角枠の1番が、皆さんもよくご存知の逓信総合博物館があった場所で、こんな建物でした。

そして、赤い四角枠の2番は東京国際郵便局があった所で、風景印からも典型的な郵政建築であったことがわかります。
この風景印、大学の授業に出る前に寄り道して押したもの。
早いもので38年も前になりますが、押しに行った時のことをよく覚えています。

実は、この旧逓信総合博物館と旧東京国際郵便局があった場所は、江戸時代には越前・福井藩の江戸上屋敷があった場所だったのです。上の地図で青枠で囲まれた部分が上屋敷の範囲。
親藩で、その時々で石高は変化していますが68万石の大名として、良い場所に上屋敷を構えていたわけです。
僕自身も、福井県庁に三十数年間在職していたので、福井藩上屋敷跡にはなんとなく繋がりを感じる場所ではありました。

そして明治になると、どうなったか。
それが、福井藩上屋敷とその隣にあった三河酒井氏の屋敷と繋げて、印刷局になっているのです。地図の緑枠の大きな区画がそれ。

このように、この区画は福井藩上屋敷、印刷局、逓信総合博物館と変遷し、そのいずれもが僕の仕事であったり、趣味との関わりのある土地なわけです。
関わりのある土地ではなく、自分の土地であったら、なおいいのですがねぇ・・・。

蛇足ですが、東西線の大手町駅のところは、地図に示してある道三堀という江戸城の堀の中。
あの地下道を歩く時は、堀の中を歩いていると思ってください。

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