竹ヤリと「敵国降伏」

僕の母親は昭和8年生まれ。
子供の頃に、僕から聞くと戦時中の話しをよくしてくれました。
横浜大空襲の時のこと、航空整備兵でフィリピンで戦死した兄のことなど、今でもよく覚えています。
そうした話の中の一つに、女学校であった竹ヤリ訓練があります。
竹ヤリを構えて「エイッ!」「ヤー!」と、敵と対峙することを前提とした訓練です。
そのような話しを聞いても、自分は平和な時代しか知らないので、実感としてはピンと来なかったのも事実。
話しの受け手としては「戦争への士気を高めるための実習の一つ」みたいな感じでした。

先日、他用で戦時中の国会審議を調べていて、目に留まったのが下の発言。
最低限の部分しか画像にしてありませんが、昭和20年6月10日に開かれた第87回帝国議会衆議院義勇兵役法案委員会での内容です。
この国会で「義勇兵役法」が成立するのですが、この時の義勇兵の内容についての質問への答弁の一部がこれです。

答弁に立ったのは、政府委員である陸軍少將那須義雄。
陸軍少将ですから、陸軍のトップクラスに入る人。
そういう立場の人が、国会という国の最高機関での答弁に「(本土決戦では)手榴弾を投げたり、伝家の宝刀、竹ヤリで敵をやっつける」などと、答弁しています。
そもそも「伝家の宝刀って、何なんだよ」って感じですが・・・。
これが国会委員会での真面目な答弁ですから、頭が逝かれているとしか思えません。

この委員会が開かれた昭和20年6月と言えば、沖縄戦の末期ですから、艦砲射撃の破壊力や上陸部隊の銃火器の凄まじさを知っているはずなのに、一方ではこんな答弁をして、国民を盾に使うようなことを真面目に考える。
戦争というのは、こうした狂った人間を作り続ける場でもあるわけです。

今回見つけた委員会答弁を通じて、母親が語った事がシックリと収まり、実感として多少の理解に近づけた感じがしています。

下の画像は、上で紹介した答弁が行われる2ヶ月前に発行された、第2次昭和切手10銭「敵国降伏」です。

この切手、新井紀元氏の研究によればA・B・C・Dの4版があり、銘版でそれぞれが分類されるのですが、唯一A版だけは、ポジション8の切手で区別が可能とのこと。
その切手が上記のもので、A版ポジション8に特有のの版欠点を示しています。

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