今日は、新年のスタートに相応しく晴天の1日。
やっぱり、鎌倉で生まれ育った人間としては、鉛色の空が多かった北陸の正月は、最初から最後まで30年間というもの、全く馴染めませんでした。
ブログのネタ探しに、書庫から半世紀(50年)前の『スタンプクラブ』を引っ張り出してきました。
正確に言うと、前年の12月に発行されているので、旧年中には読んでしまっているのですが、取りあえず「新年号」です。

ページを捲ると、下のページがありました。

秋のジャペックス開催中に開かれた、『スタンプクラブ』の読者大会の記録です。
この読者大会は、毎年開催されていたと記憶しています。
天野さんや魚木さんなどの講演が3〜4本、それに読者クラブの活動報告もありましたが、広い部屋にギュウギュウに椅子を詰めて収容するものの、それでも抽選漏れが多数。
僕は今、年間30回程度ですが小学6年生に歴史の話をしています。
内容は「教科書には書いていない、みんなの歴史」。
その時には、一緒に給食を食べたり、外で遊ぶことも、こちらからの希望として学校にお願いします。
そうした中で、子供と話していて面白いことが・・・。
『急須』
知らない子供がけっこういます。
なぜなら、家で飲むお茶は大容量のペットボトル。
つまり、お茶は冷蔵庫のペットボトルからコップに注ぐもので、茶葉を急須に入れ、お湯を注ぐことをしないというわけです。
『郵便局』
行ったことがない子供が、そこそこいます。
なぜかATMは知っています。
当たり前ですが、切手を使ったことがない子供は普通にいます。
つまり、使ったことがない切手に興味を持つことは、まずありません。
今でも、「子供の切手離れは、発行政策が悪いからだ」と思っている人に会うことがありますが、現状を全くわかっていません。
「発行政策や、お小遣いで買えない」以前の問題なのです。
ですから「ジュニアに切手収集を」という掛け声は、もはや無意味だし無駄なことだと、僕は考えています。
もちろん全てを否定するつもりはなく、ジュニアへの普及を行いたい人はすれば良いと思います。
ですが、それは恐ろしく歩留まりが悪い仕事であることは確実です。
50年前の『スタンプクラブ』を見直して、あの頃の子供(自分)を思い出してみました。
その頃はアナログで、通信手段は郵便が主流。
子供が当たり前のように郵便局に行っていました。
やはり、そこに切手収集を形作る素地が、知らぬ間にあったのでしょう。
おっしゃる通り、切手収集の普及活動はジュニアより成人をターゲットにすべきだと強く感じます。
切手収集は成人になってから始めた方が、格段に定着率が高いように思えます。
あれだけ大勢いたジュニア収集家が全く残らなかったのは、その証ではないでしょうか。
今は、一旦中断していた方の再参入が大きいと思います。
ただし、その方にJPSへの復帰をお願いすると、断られる確率が圧倒的に高い。
理由は簡単で『郵趣』の内容に対する薄っぺらさを、皆さんあげられます。
こうした実情を知らない、知ろうともしない、今のJPS執行部にも大きな問題がありますね。
下駄や炭、蚊帳などと一緒で、
身近にあるものでなくなってしまったのが
一番の原因ですね。そのとおりです。
存在自体を知らない。メールやネットバンキングで済むご時世です。
このまま年寄りの趣味としてゆるやかに衰退の道をたどっていくのか、あるいは昔のようなにぎわいが復活する
のか。
全く見たことのないものを若い人たちに知らせて後世に引き継いで伝えるのというと大げさかもしれませんが、
必要ではないかと思います。
それをやる人が今の郵趣界で影響力を持つ人のなかにいない感じがするのが残念です…。
なら、お前がやれとなるのでしょうがまだまだその意気にまで達していません…
いつも、ありがとうございます。
実は、その影響力がある人が全くいない。
ここも大きな問題だと思います。