関東州・撫順の風景印

先週の土曜日の鉄道例会での話題提供は、こちら。
関東州・撫順の風景印です。

撫順というのは、奉天の東30キロ程の所に位置する炭鉱の町で、超が付くほど有名ですから、ご存知の方も多いと思います。
東西17キロ、南北44キロほどのエリアに、露天掘りと坑内堀りの両方がある珍しい炭鉱です。

撫順炭鉱は、1896年にロシアが清に押し付けた「カシニー密約」において、ロシアが経営権を掌握するのですが、1904年に勃発した日露戦争の中で日本はこれを占領。戦争終結後の講和条約により、正式に日本に引き渡されました。
ですが、これはちょっとおかしいですよね?
簡単に説明すると、清のものをロシアが奪い、それを勝手に日本にあげてしまうのですから・・・。

案の定、清から強烈なクレームが入り、揉め出します。
その結果、1909年の「満州五案件に関する協約」で、清は日本の所有を認め、そのかわりに日本は清に対して採炭に対する税金を払う、ということで落ち着きました。
こうして撫順炭鉱は、正式に満鉄による経営へとなったわけです。

図案を拡大するとこんな感じです。
炭鉱本体というよりも、関連施設と言った方がよいかもしれませんが、石炭選別所の櫓を描いたもので、下の絵葉書(コピー縮小したもの)に全景が撮影されています。
図案をもう少し右まで入れてくれていたら、石炭列車への積出し風景も入っていたかも知れません。

この風景印は、決して純鉄道風景印ではありませんが、満鉄関係のテーマチク作品のようなばあいは立派な鉄道マテリアルになります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。必須項目には印がついています *