風景印・荒川局

今月の吉田女史からのお便りは、荒川局の風景印。
主題は、都電荒川線の車両が新旧2両ですが、同局は荒川線の荒川区役所前停留所下車すぐの所にあります。

今や、都電といえば荒川線しか残っていないので、多くの方がずっと前から荒川線だと思っていらっしゃるようですが、実際のところは荒川線は都電の歴史の中では新しいのです。
かと言って、新しく線路を敷設したわけではありません。

今の荒川線は、三輪橋→町屋駅前(旧町屋一丁目)→荒川車庫前→王子駅前→庚申塚→大塚駅前→雑司ケ谷→早稲田というルートですが、これは2つの異なった路線が合わさって出来たルートなのです。
その2つのうちの1つは27系統で、三輪橋→町屋一丁目→荒川車庫前→王子駅前→神谷町→赤羽。
そしてもう1つは32系統で、荒川車庫前→王子駅前→庚申塚→大塚駅前→雑司ケ谷→早稲田。
下の図は昭和39年の都電系統図ですが、これを見てもらうとイメージ的に解りやすいと思います。

都電は1972年11月までに大部分が廃止されてしまいましたが、27系統は王子駅前〜赤羽間のみが部分廃止され三輪橋〜王子駅前間が残り、それとは別に荒川車庫〜早稲田間の32系統も残っていたので、荒川車庫〜王子駅前間は27と32の2つの系統の重複区間として残りました。

この重複区間を無くし、両系統を統合する形で1つの系統として通し運転を行うために誕生したのが荒川線なのです。
1974年10月1日のことでした。

運転系統としての荒川線はこのように新しいのですが、実際の開業(当時の会社は王子電気軌道)にまで遡れば1911年(明治44)8月の大塚〜飛鳥山間にまで遡ることができます。
古くて、そして新しい、両極端な路線が荒川線なのです。

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