画像は、2000年12月15日発行の「ふるさと切手群馬県版 めがね橋・丸山変電所」。
描かれているのは、1997年9月の北陸(長野)新幹線長野開業により104年間の歴史を閉じた信越本線横川〜軽井沢間の鉄道施設です。
左の切手が「めがね橋」ですが、これは通称であって「碓氷第3橋梁」が正式名称。
「めがね」と言われているものの、実際は4連アーチ。
下から眺めるとレンガ積み、高さ31メートルで迫力があります。
下の画像は昭和37年に撮影された、現役時代の「碓氷第3橋梁」の姿。
上野発、大阪行きの特急「白鳥」を、アプト式の電気機関車ED42が後部補機として4両で押している場面です。
この碓氷峠は、最大勾配66.7パーミル(1000メートル進むと、高さが66.7メートル上がる)と急勾配だったため、昭和38年に粘着運転が開始されるまでは、アプト式が採用されていました。
下の写真を見るとレールの間に、ラックレールが敷かれている様子がよくわかります。
ラックレールというのは、ギザギザが付いたレールのことで、そのギザギザに機関車に付いているピニオン(歯車)が噛み合うことにより、それがすべり止めとなり、急勾配を登っていける仕組み。
下の写真がアプト式電気機関車のアップ。
赤矢印の先に黒っぽくシルエットでちょっとだけ写っているのが、ラックレールに組み合うピニオンになります。
そのピニオンがラックレールと組み合ったところが下の写真。
ギザギザのレールと、ピニオン(歯車)がガッチリと組み合っているのがわかりますね。
以前に、昭和30年代に横川機関区で、実際にアプト式の電気機関車の機関士をされている方にお話を聞いたことがあります。
その時に「アプト区間に入る時に、ピニオンとラックレールがスムーズに組み合うかが機関士の腕なんだ」と、おっしゃっていました。
今日は、仕事の依頼で横軽間(横川・軽井沢間のこと)の原稿を書いていたのですが、「そうだ、そう言えば」と思い出したのが、冒頭のふるさと切手でした。