一般書として切手収集の愉しみを紹介するのは、本当に難しいと思います。
その難しい仕事を成功させた筆頭が、市田左右一氏の『切手の愉しみ』であることに、異論のある方は少ないと思います。
他に、柘植久慶氏の『奇妙な書簡』や『戦場を駆け抜けた書簡』なども、これに続くものとして良いのではないでしょうか。
今日ご紹介する『地図切手の世界』も、上記のものと同じく一般向けに成功した数少ない一書だと思います。
著者の高木実氏は、子供であった自分でもその名前を知っているほど、当時は地図切手収集家として著名な方でした。
本書は、昭和56年刊行で、出版は日本交通公社。
トピカル系(あえてテーマチクではありません)の切手を題材とした一般書は、それなりの種類が出版されていますが、その大部分が切手の図案をキーとして解説を展開しています。
つまり、写真や挿絵の替わりに切手を使用した図鑑的な編集で、そこには収集家の心理や愉しみは不在となっています。
本書の書き出しは、ある年のご用納めの場に始まります。
当時のことだから、年末は午前中に掃除をしたら仕事はお終いだったのでしょう。
昼前のご用納めの飲食中(ツマミとお酒)に、馴染の切手屋から会社に「探していた切手が出てきたので、いつでもいいから店に来て欲しい」という電話。
収集家たるもの、こうなったらすぐにでも切手屋に駆けつけたいのが心情というもので、実際、高木氏も上司や同僚への挨拶もそこそこに切手屋に急ぎます。
こうした行動は、切手には無関係の人には全く理解不能だと思いますが、こうした収集家ならではの行動から本書の展開が始まり、第一章「集める愉しみ」では、収集や収集家について自身の話しを中心に進められていきます。
この章を読んだだけでも、一般の人には「ほう、切手収集家とはこんな人種か」と、面白く理解していただけると思います。
その先、二章、三章、四章と読み進んで行くと、あくまでも地図切手を題材としてはいるものの、単なる物集めに終わらない切手収集の醍醐味を読者は知ることになります。
実は、本書の内容を的確に伝えているのが、下の画像に示す帯の背の部分。
これは、素晴らしい!!
切手関係の本で、こんなに素晴らしい帯は見たことがありません。
本屋さんの棚で、背表紙のタイトルとともにこの帯が見えたところを想像してください。
本書の編集者のセンスはバツグン。
これだけで、本書がどのようなものか理解できます。
近年、様々な出版物で粗製乱造が多い中、こうしたセンスは大切ですね。
本書は、その後『小さな地図への旅』として、昭和60年に旺文社文庫から再販されています。