画像のカバー、旧小判切手の駄物中の駄物である2銭紫。
しかも、東京ボタ印ですから興味を持たれることは少ないと思います。
ですが、宛名書きが上手いし、ルックスがスッキリしていて綺麗に見えるので、僕はけっこう気に入っています。

それと、もう一点。
消印の日付が、明治16年1月2日というところが面白い。
欲を言えば、この年から1月1日の日付印があるので、1日だったらなお良いのですが、欲を言えば切りがありませんから、そこは我慢です。
そこで着目したいのは、明治16年1月1日に発行された新小判2銭との関係です。
その前提になるのは、ここに貼られた旧小判2銭切手が、差出人の手持ちだったのか、それとも郵便局の窓口で買ったものなのか?
さて、どっちだったのか・・・。
もちろん、特定するのは不可能と思いますが。
新小判2銭には、1月2日という最初期使用例があるので、東京での発売にはかなり興味があります。
この差出人の住所が、東京の本局から離れていれば「たぶん手持ちを貼ったのかなぁ・・・」と諦めもつくのですが、この人が住んでいたのは、なんと本局の隣の本材木町1丁目。
個人的なストーリーで有り得ると面白いのは、
「差出人が手紙を書き、隣の本局に出向いて切手を買い投函。その時に窓口で出されたのは旧小判2銭切手。つまり本局窓口には発行になったばかりの新小判2銭は出ていなかった」。
こんな妄想はいかがでしょうか?
下は、オマケの画像です。

明治14年に発行された「東京名所之内 江戸橋 三菱蔵 郵便局」。
手前の橋が江戸橋で、川沿いに建っている4棟のレンガ積倉庫が三菱倉庫。
そして、その左隣に見える時計の付いた建物が郵便局になります。
この差出人が住んでいた場所は、郵便局のさらに左側ですから、ちょうど画角の切れた所になり、無理に言えば「御届明治十四年九月五日」と書かれた辺り。
ここに描かれた三菱蔵の場所には、現在、三菱倉庫の本社ビルである日本橋ダイヤビルディングが建っています。
ここまで読んで察しのよい方なら「あれ?江戸橋との位置関係が変だぞ」と、思われると思います。
実は、現在の江戸橋は旧位置から80メートルほど西へ動いているのです。