CPL エンプレス・オブ・オーストラリア号

画像のカバーは、田沢旧大正毛紙の10銭と30銭を貼った、デンマーク宛の書留便。
特に珍しいものではなく、抹消印が和文櫛型印なので、逆に嫌われる可能性の方が高いかもしれません。

消印データは、
赤坂 大正11年8月31日
東京 同上同日の欧文印が押されると同時に、外国宛用書留ラベルを貼付
ロンドン 1922年9月28日(裏面)
コペンハーゲン 同年9月30日(裏面)
となっています。

差出人が、船便を「エンプレス・オブ・オーストラリア」と指定(表面上部の書込)しているところが、ちょっと面白いですね。
初期の外国郵便では、船名指定はよく見かけますが、この時代ではあまり見ないと思います。

この船名に「ピン」と来た人は、関東大震災に関しては、かなりのツウな人だと言えましょう。
本船は、震災当日に横浜港の大桟橋に停泊していたため、そこで震災に遭遇したのですが、船長の的確な判断で桟橋を離れ、その後に被災者の救難活動に大活躍した船です。

本船は、CPL(カナダ太平洋鉄道の子会社でカナダ太平洋汽船)の21、833トンを量る船ですが、もともとはドイツ船として1913年に建造されたもの。
それを太平洋航路用にCPLが購入し改装を経て、1922年7月28日にバンクーバー発、横浜経由香港行きとして処女航海に出ました。
このカバーは、その復航便に横浜から搭載されたカバーになります。

「エンプレス・オブ・オーストラリア」が、関東大震災で大活躍をするのは、このほぼ1年後のことでした。

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