今日は鉄道例会へ。
お題は総会。
それに加えて、「例会の存続に関わる話しもあるので出てこい」という、圧に引き寄せられての参加です。
JPSの研究会はどこもそうですが会員が全国に散らばっているので、研究会と会員の繋がりはどうしても会誌が中心になならざる得ません。
それに対して、実行部隊(執行部)は東京中心ですから、運営のバランスという点では地方が多数派で会務の中心を担う東京が少数派というアンバランスな形になります。
しかも、以前と違って例会の参加人数も青息吐息。
僕が関係している某研究会は、最近でこそ増えて5名前後の参加になりましたが、以前には例会担当者以外は0人という月もあったほどです。
参加人数を増やすには、やっぱり魅力的な例会運営が最低限必要でしょう。
参加者は、多かれ少なかれ交通費を投資して参加するわけですから、それをペイできるだけのメリットがなければ参加しないはず。
そのメリットのモノサシは人それぞれですが、せっかく切手の集りに行くわけですから、切手の話題に触れること。あるいはマテリアルの入手もあるかもしれません。それに収友との語らいも十分あり得ます。僕的には二次会のお酒もその一つですね。(そのため、目白周辺で昼間から飲める飲屋を数軒確保していますし、中には午前中から飲めるところもあります)
30〜40年前は、個人で様々な情報を得ることが難しかったので専門的な団体に属して情報を得ていたわけですが、ネットの発達により手軽に高度な情報までが入手しやすくなったことは、皆さんも実感されておられると思います。
その結果、研究会などに属するメリットが低下し、それにも増して例会に参加するメリットも感じられなくなっているものと思います。
何回も話すことなのですが、僕にとっての切手や郵趣の愉しみは、その先に有る人との繋がりなのだと思います。
切手は一方において、1人で部屋に閉じこもり自分と切手だけの対話に没頭する極めて静的な部分があることは否定しませんが、やはり切手を媒体として人と繋がることが楽しいのだと思います。
いま自分を振り返った時、切手を集めていなければ絶対に知り得なかった人達と多く繋がっていますし、その中には、死ぬまでお付き合いいただきたい素晴らしい方も多くいらっしゃいます。
例会の参加人数が少ない、なんで出てこないのか?
と嘆くだけではなく、例会に出る愉しさ、切手を通して人と繋がる愉しさを的確に表現して伝える努力が必要なのだと思います。
それにはどのような方法が?
それは、これからの宿題です。